加山到のハマッ子雑貨飯店

おもちゃ箱をひっくり返したような楽しい雰囲気が伝われば嬉しいなっと。08年11月6日開店!

一晩だけの盆踊り/夏も終わり。

毎年恒例の町内会の盆踊り😄 前日は夕方からの大豪雨で開催前に中止が決定。役員や担当者、子供会の親御さんたちは大雨の中、片づけをしていました。
そして2日目。太陽も顔をのぞかせ、ぬかるんでいた地面も回復。諸々準備が整って・・・⭐

神奈川音頭、パプリカ、ジンギスカン、火の国太鼓、ダンシングヒーロー、きよしのズンドコ節、河内おとこ節・・・。先輩の叩き手と交代で、2時間叩きまくりました~☺️

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宇崎竜童&和田静男コンサート、草むしりと断捨離、舞台の稽古と本番、そして盆踊り・・・今年の夏も終わっちゃった~😌

 

 

 

 

 

 

「ヒトリトヒトリ」配信と私的裏話

7millions公演『ヒトリトヒトリ』終演から1週間。疲れがだいぶ抜けたと同時に、日常の生活も再び始まりまして😌
それはそれで疲れたり楽しんだり。「う~~~ん!よく寝たぁ」と愛妻が昼寝から寝ぼけ眼で起きてきました。そんな些細な日常が良かったり。

今回の舞台が配信されます。
9月18日から約1ヶ月。
🟥こちらでチケットご購入いただけます🟥
https://7millions.official.ec/
私が出てるのは【鬼灯(ほおずき)】【仙人掌(さぼてん)】
よろしければぜひ。

舞台終演後のブログにも書きましたが、今回は「遺体」でした☺️オープニングで約5分、中盤とラストで約3分ずつ。ただ寝ているだけだから楽だったでしょ・・・いやいやいや。結構大変でした。

何しろ微動だにしちゃいけないわけですから。息をしてお腹を上下させちゃいけない、つばをゴクンと飲み込んで喉を動かしちゃいけない、もちろん咳払いしちゃいけない、指をピクリとも動かせない・・・。
お腹が上下するのを隠すために腹に載せている手を、少し浮かせていました。そうすれば多少なりとも動く腹を隠せます。口を閉じて鼻で息をするとタンやつばがのどに溜まりそうになる事が分かったので、口を少し開けて息をしていました。 おかげで両腕はぴくぴくするは口周りは乾くわで、それはそれなりに大変でした(笑)💦

とにかく咳き込まないために/風邪をひかないように/喉を傷めないために、寝る時にはマスクをし首にタオルを巻いて温めました。クーラーをつけないで寝ればいいのでしょうが、さすがに熱帯夜では無理。 ついでに本番2時間前以降は食べ物を口にすることも止めていました。とにかく喉に負担をかけない。
おまけに、板で作った硬い箱に寝るので・・・首、肩、肩甲骨、腰あちこちに痛みが出始めて(笑)。 素敵な体験をした稽古期間と本番でした🤣🤣

小道具。30年前を回想する場面では、タバコのパッケージデザインを変えました。500円玉も最近のいわゆる新硬貨ではありません。観客からは全くと言っていいほど見えないのですが、稽古初期から「そこはこだわりたいね~」と演出家や小道具担当と話したっけ。 睡眠薬は市販のラムネ菓子です💛観劇の訪れた薬剤師や看護士から、「睡眠薬って今も昔も粉末ですよぉ」と言われましたが(笑)、蓋を開けて手のひらに錠剤をザ~ッと出して口に放り込む・・・これはこれでドラマなどでよく見た光景であり、誰もが持っているイメージですよね。
包丁は自分で作りました。家にあった薄い板に本物の包丁でサイズ/型を取り、柄の部分は板を貼り足して太くし、銀色のスプレーを4回ほど塗ったかな。乾かしては塗って乾かしては塗って・・・完成するまでに4~5日かかりました。試作品では刃の部分アルミホイルを貼ってみましたが、逆にピカピカテカテカしすぎてリアルに見えない。しかもちょっと引っかけるとすぐに傷になって剝がれてしまい、全面貼り直さないときれいにならないので止めました。

 

「遺体」の時は高齢の父でしたので、眉毛と前髪に白いドーランを少し付けました。ただ、「老人化」し過ぎると30年前の回想場面での父は、あまりにも老けすぎてしまいますから、その兼ね合いが難しかったかな。演出家と相談しながら「こんな感じ」にしました。あ、もみあげと無精ひげの白さは・・・本物です💦💦

という事で、7millions公演『ヒトリトヒトリ』。改めてご支援ご声援そしてご来場ありがとうございました~~~~☺️⭐

写真整理 その4(共演者)

さてさて。舞台公演前に行なった写真整理の続きです。
役者としての現場でお世話になった方々です。

🟥フォークシンガーの山崎ハコさん。 2009年の横浜の舞台でご一緒しました。
ハコさんは、横浜が舞台の歴史的な物語が進行している途中に何度か登場。ギターを用いて、観客を明治時代にいざなうような演出と雰囲気で歌ってくださいました。素敵だったなぁ。

🟥俳優/声優の平田広明さん。私が横浜の一座にかかわっている頃、この人とは何度も共演してとてもとてもお世話になりました。同い年なんだけど業界では大先輩だし、いろいろアドバイスくれたり・・・どっか兄貴的なところがあってね。嬉しかったな。

🟥香港アクションスターのユン・ピョウ(元彪)さん。1992年公開の日本映画「落陽」でご一緒しました。中国語で会話したりね。笑顔がとても優しかったなぁ。

🟥小堺一機さん。 学生の頃からお世話になっています。これは2001年の「小堺クンのおすましでSHOW」を見に行った時ですね。今でも暖かく接してくれます。

🟥宅麻伸さん。 ドラマ「課長島耕作シリーズ」で部下の役でお世話になったのち、「君が教えてくれたこと」(2000年/TBS)で再会した時の写真です。「おう!加山!久しぶり!」。この時は代議士・宅麻さんの秘書役(レギュラー)でした。

では、「ヒトリトヒトリ」閉幕。

7millions公演『ヒトリトヒトリ』閉幕しました。ご来場下さった方、ご支援ご声援くださった方・・・ありがとうございました😌

座長・鷲尾直人氏とタッグを組んでの二人芝居。今回は・・・遺体からスタート(笑)🤣・・・あ、いや、「父」役です。(写真は稽古時・以下同)

20年間も疎遠になっていた父と息子。久しぶりの再会。讃美歌が流れる教会に横たわっていた父・・・冷たくなった父に問いかける息子。「ひとり寂しく逝ったあんたの気持ちはどうだったんだ!言えよ!教えてくれよ!」
横になってタバコを吸う父、子供を激しく叱咤する父、バイクで風を切る父、魚釣りをする父、酒に酔って暴れる父、包丁を振りかざす父、睡眠薬を飲んで倒れる父、焼肉屋で息子と食事をする父。小さなころの息子の想い出にあるのは「父の背中」。
私はそれらの場面ではほぼ後ろ向き、観客に対して背中しか見せていませんでした。

 

そして後半になってようやく正面/客席側に向き、「亡くなった父」と「今を生きる息子」の会話が始まります。幻想的ともいえる場面。
息子の父への想い、父の家族への想い・・・。

 

お盆の時期に上演された6本の二人芝居。いずれも空に旅立った故人への想いをテーマに描かれました。祖母、両親、親友、幼なじみ。笑いあり和みあり涙ありの脚本・演出は来場した方々の胸にしみ込んだようです。

「人の生き様」を描く事を信条としている7millions。骨太で、熱く、優しい作品を創り出す一座に、5年ぶり4度目の出演にして改めて「惚れました」⭐

 

 

 

ちなみに。出演者は全員「昭和生まれ」。最年長は私、最年少は昭和60年生まれの41歳。楽屋は終始落ち着いた雰囲気でした(笑)。そうそう、音響・照明・受付・映像・スチールカメラのスタッフも昭和。唯一、舞台監督だけが平成生まれの36歳。周囲からイジられていたのは言うまでもありません🤣

では、4日目/千秋楽

7millions公演「ヒトリトヒトリ」。おかげさまで連日多くの方々に来ていただいています。感謝感謝です。当初は「お盆だから、お客さん来ないかもなぁ」「どうかなぁ」と思っていた出演者/劇団側でしたが、お盆だからこそ・・・休みだからこそ、普段は忙しいからこそ、この時期に「見る事が出来た!」という声も聞こえてきます。
昨日は3日目、昼夜公演でした。楽しみに見に来てくれているんですよね、ホント。開演前から会場内がわさわさしているんです。幕が上がると思ってもみない場面で笑いが起きたり、或いは鼻をすするのが聞こえてきたり。

私の鏡前です。6作品を4本ずつ上演するので、その日によって組み合わせが異なります。ゆえに「出番」や「順番」「段取り」が複雑です。忘れないようにメモを貼っています。

ふっと過去に戻る場面があります。その時にちらっと登場するのが煙草と500円玉。昔のパッケージデザインと旧硬貨。お客さんからはほとんど見えませんが、こんなところにもこだわっています。

さて。泣いても笑っても4日目/千秋楽。様々な思いを込めて・・・行ってきます☺️

では、3日目。

前日とはチーム/作品を入れ替えての上演。たった一度しか来場されないお客様にはなかなか伝わりませんが、上演の順番が変わり、演目も一部替わると全体的な流れや雰囲気がガラッと変わります。作る側/演じる側も新鮮な気持ちで舞台に臨むことになるわけです。
来場される方の中には全作品を見るために3回も足を運んで下さる方もいるようです。感謝です。

鷲尾直人さんです。7millions座長であり、脚本・演出を手掛け、今回の二人芝居では私の相手です。時には大胆に、時には繊細な表現で共演者の心にぐいぐい潜り込んできます。いい刺激なんです。「やってやろうじゃないか!」・・・こちらも奮い立つわけです。後輩ながらもしっかりと胸を借りています⭐

田中なるいち君。通称”なる”。7millionsの劇団員です。10年前に他の劇団公演で彼と知り合い、その後誘いを受けて7millionsに関りはじめ現在に至ります。なるが誘ってくれなければ、多くの方々から好評をいただく熱くも素敵な作品を作る一座に出会えませんでした。なる、ありがとう😌

では、3日目。
終戦記念日に届けるレクイエム作品。心して・・・行ってきます。

敗戦 終戦 そして安堵

終戦から81年。今年も暑い夏。
敗戦と終戦
”負けた”と”終わった”
”悔しさ”と”安堵”
”混乱状態”と”放心状態”

終戦時、国民は疲弊していたと聞きます。物資提供、食うもの食わず、学童疎開に建物疎開、そして空襲被害。
負けたことを表す「敗戦」よりも、「疲れから解放された」という気持ちが強かったという意味での「終戦」の方が、多くの人たちの胸に刻まれたのではないでしょうか。

我が家に残る一枚。キャプションには「昭和二十年秋 終戦直後 国民服にモンペ姿」とあります。
15歳の母です。両親と生まれたばかりの妹を抱き、戦火の中を逃げ回ったといいます。その妹も栄養不足などでまもなく亡くなりました。
ですから、この写真の母は、戦争から解放された安堵感と、乳飲み子の妹を失った悲しみがないまぜになっていたと思います。

いいことなんてひとつもない。
平和でいようよ。穏やかにいようよ。
心から思います。